2019
03.08

「ふたつの感情」

利乃

恐れる感情と内省できない臆病な感情。
このふたつの「感」又は、「情(思い)」は、人をちゃんと殺してゆく。
人になるためには超えねばならぬふたつの感情・・・人類が畜生のままでは 弱肉強食に支配され、人間を装っているだけの世界に包まれる。

人の顔の裏にかくされた畜生の心。
礼儀を装って、人間であるとマナーを装う。

恐れる心は 垣根をつくる 壁をつくる 人の人生を勝手に決めつける。
そして、その者を悪と決めつけて防衛の為に、規則正しくまたルールで仕分けし、罰してゆく。

人は物ではない。
わかりやすくする必要もないし、大量生産をさせるために使われるものでもない。
一人の人生には、生老病死というドラマがある。その人しか展開出来ない特別のステージである。
その一人のステージを目にしたり、聞いたりする事で人間は学び合ってゆく。
畜生では出来ない価値を育んでゆくことが出来るのだ。なんて 素晴らしい感動であろうかー

内省できない臆病な感情:
自分自身をみつめず、 知らん わからん と、全て人のせいにする。「上から言われたから、それに従っただけ」、「なにが悪いんだ」と、結局、自分が発した言葉や態度に無責任になっている。

知らん、わからん。と、自分側からしか判断しない。

地獄にいる者たちは、食べ物がたくさん入った大きな鍋を【 自分の手の長さほどの長い~~~~~お箸 】を持って、円になって囲んでいる。が、皆、ガリガリに痩せて飢えている。

なぜなんだ?

自分の口に目の前の食べ物を入れようと、必死になって「長い~~~お箸」
を使い、もがいているが、一向につまんだ食べ物が自分の口に入らない。

それは・・・お箸があまりにも長いから。である。
自分の首を上げ、遠くの人の口に長いお箸で食べ物を入れてあげればいいだけの事に気づかない。
いつまでも・・・いつまでも・・・食べれない。

人間になるには、人の道があるようです。

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